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Sumin’s Diary

大人の発達障害、雑記、日記。

生まれてきて。

誰もが、微笑まれて生まれて育ってきた。

家族から虐待を受けて育った人もいるかもしれない。

私の母は育児放棄だった。

それでも私はこのCMを観て思う。

誰もが誰かに微笑まれて育ってきた。

誰もが誰かを微笑ませた。

それは、産科の先生だったり助産士さん、

近所の人だったり、道端で出会った人だったり。

私は死にたいと時々思ったりもするけれど、

私も忘れるから偉そうには言えないけれど、それでも、

愛されていない、死にたいと思う人には、

誰かに微笑まれて生まれて育った事を思い出して欲しいと思う。

遊ぼうっていうと。

金子みすゞさんが好きだ。

余りにも繊細で優しすぎる詩。

自死で亡くなった。

このCMは耳に残る。

この冒頭は特に。

何だろう、違和感かな。

【「遊ぼう」っていうと、「遊ぼう」っていう。】

私はこのセリフを思い出そうとすると、

【「遊ぼう」っていうと、「ごめん、遊べなーい」という。】

これを笑って言われるイメージが浮かんでくる。

そして、発達障害の診断を受ける時に提出した

唯一小学校の通知表で残っている3年生の時の

この一節も思い出す。

小学校3年生1学期の先生からの所見。

「今後、もっと友達とのかかわりあいを持つようにし、

もっとみんなに認められるようにしたいと思います。」

これを読むと当時を思い出す。

辛いというか、悲しいというか、寂しいというか、

そんな時期だった。

ずばっとにウケた。

今日セカンドオピニオンに行ってきた。

(サードオピニオン?)

それで、「二か所で発達障害って診断されたのなら、

発達障害って事で。」という見解を頂き、

250円を払って帰って来た。

あっけにとられた。そんなものなのかと。

それを早速、主治医に報告。

「唾液検査はまだなんですかー!」って言ったら、

「頭落ち着けてー。」と言われ、

「気になって昨夜寝てないんですー!」と言ったら、

「もうそれも異常だからー。」って。

先生、「異常」って酷いな。

でも10年以上の歳月を物語っているようで、

こんな主治医だから10年以上も付き合ってこられたんだな、と思う。

今、「異常」という先生の爆弾発言で笑わせて貰ってる。

これまで、主治医からの冗談なのか本気なのか分からない爆弾発言で、

死にたいと言っていたのも吹き飛んでいったりしてきた。

先生に改めて感謝している。

唾液検査で自閉症の早期発見。

この記事からもうすぐ2年が経過する。

まだかな、まだかな。

もうこれで白黒はっきりつけて欲しいと思っているのに、

なかなかこの新しいニュースが入ってこない。

2015年2月24日

【タンパク質が違った!「自閉症」は唾液検査で早期発見が可能に】

http://nge.jp/2015/02/24/post-96424

進行状況はどうなってるんだろう。。。

怒りを言葉に出来ない。

もしかしたら、

気持ちや感情を言葉に出来ないから摂食障害に陥るのかも。

一昨年は、3ヶ月で40kg体重を落とした。

退院前栄養指導で、過食症になっていた私に栄養士さんが、

「あなたは、肥満です。」と何度も言った事が原因だった。

この発言に対する私の感情を今も言葉で表現出来ない。

とにかく、食べる事を拒否した。拒食症で再び入院になった。

入院中の日誌に、怒りを言葉に出来ないからではないかと書いている。

そして、怒りを上手く処理して相手に伝えられないからではないかと。

私の場合、そういう事だきっと。これもこれから訓練していかないと。

気持ちや感情を言葉に。

気持ちや感情を言葉にして整理したり、

まとめたりする事が苦手だ。

その点、同じ障害なのに出来る方達はすごい。

どうやって出来ているんだろう・・・。

心理士さんと訓練してきたはずなのに。

少しは言葉に出来るようになったとは言われたけれど、

まだまだだ。自信喪失。

希望。

今年4月からまた大学で心理学を勉強していく。

大人のピア・カウンセラーは無理だという気がした。

自分が押しつぶされそうな気がする。

あくまでも想像だけど。

でも、子どものピア・カウンセラーはどうかな。

どうなんだろう。

とにかく勉強をして、

いつか同じ障害の子ども達の役に立ちたい。

何か方法はないかな。

嘘の意味。

何が本当で何が嘘。誰が本当で誰が嘘。

自分が嘘をつけるようになっても、

他人の嘘が分からないのだから、

私が嘘をつけるようになったのは意味がない?

私がもし嘘をついたとしても、

それは見破られている?

お互いに嘘の見抜き合い?

世の中どんな風に回っているんだろう。

世の中を人はどんな風に渡ってるんだろう。

自分が嘘をつくと、余計に混乱するから止めようか。

せっかく心理士さんに教えて貰ったけど。

でも、断る時に本当の事を言って怒らせたりするから、

やっぱり時には嘘も必要かな。

混乱してきた。

青春は青春だった。

青春は青春だった。

こんな漠然とした事が頭に浮かんで暫く消えないでいる。

当時がどんなに辛かったとしても苦しかったとしても、

苦くするか甘くするかは今の自分の心次第ではなかろうかと。

今は過去を塩梅良く味わえているから、

時間が癒すというのは良く言ったものだなぁ、と思うのです。

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Image from We Heart It.

嘘を覚えた。

最近、ちょっとだけ嘘をつけるようになった。

項目は、「断る為の嘘」。

他にどんな嘘の項目があるのか知らないけど、

この項目は心理士さんのおかげで出来てきた。

あとは隠すこと。これは次の課題かな。

保育手帳2、3歳児の記録より。

学んでいない。

小さい頃から。

3歳くらいからは、

癇癪はそんなに起こさなくなったみたい。

人と違う事をする。

こだわる。

グループで遊べない。

特定の友達がいない。

登園を嫌がる。

集中すると止まらなくなるのも今と同じ。

死ぬまで変わらないのかと思うと、

何でこんな風に生まれてきたのかと、

考えては暗くならずにはいられない。

 

■2歳児クラスの記録より

 

7月24日

元気が今一つのように感じます。ブロックで何か一生けん命作っておられました。

 

7月27日

お姉ちゃんのワンピースがずいぶんお気に入りだったようで、「長いので汚れるから着替えようね。」と言いましたが、なかなか聞かれず、やっとなんとか自分のと替えられました。

 

9月2日

朝、しばらく泣かれました。今日から戸外で、体操や行進を始めました。どうしても赤い自転車ではなくてはダメだといい通されました。

 

9月7日

行進、おゆうぎを元気に参加されました。ボウシがなかなか思うように決まらず、少々かんしゃくおこされました。

 

9月14日

スリッパで参加されてましたので、「くつに代えておいで」と言いますと、解かったのか、しぶしぶ代えに行かれました。最近は、最後まで通そうとされないようです。

 

9月16日

登園直後、衣服の総替えがありました。自分でしようしようという意欲は大いにあるのですが、なかなかボタンができず、かんしゃくおこされていました。

 

9月17日

スリッパをはいて運動会の練習に参加しておられましたので、他の子供たちから注意を受けておられました。

 

9月22日

遊動ブランコに乗ったり、アスレチックに登ったりと、いつも3、4人で遊んでおられました。一人違うことをするという所がみられなくなって来られたようです。

 

 

■3歳児クラスの記録より

 

6月11日

何かを集中されると、もう、すごいみたいですね。今日もごはんも半分食べかけたまま、「服がぬれた。」といって、替えにいかれました。その後、散歩でとって来た花を一生けん命、見たり触ったり、食べるのを忘れておられたみたいでした。

 

9月17日

ずいぶん登園、嫌がられるみたいですね。でも、今日もほんの一寸でした。やはり、まだ特定の友達がいないからでしょうか?

あやからず、じっくり務めていきたいと思いますので、なるべく登園させて頂きますようおねがいします。

 

10月6日

本日は、なんと、グループで、5,6人であそんでおられました。Mちゃんとずっと一緒です。

悔しくて悲しい時に聴いた歌。

これ、悔しくて悲しい時に聴き続けた歌。

今でもときどき聴く。

その時のことを鮮明に思い出す。

『見えない羽根』

松本 俊明 作詞 作曲 編曲

久 隆信 ピアノ編曲

悔しくて 涙があふれ出すのは

君がもう 弱虫じゃないから

寂しくて 涙があふれ出すのは

君がもう 愛を知っているから

見えない羽根を 誰もが持っているよ

願う未來へ 行こう

泣きながら それでも前を見つめて

君は今 強く羽ばたいている

見えない羽根を 誰もが持っているよ

夢見た明日へ 行こう

傷ついて それでも前を見つめて

君は今 強く羽ばたいている

「不思議ちゃん」と呼ばれた頃。

思春期の頃、私は「不思議ちゃん。」と呼ばれてた。意味が分からない。でも、周りには奇抜な人達も沢山いた。音楽に夢中でライブハウスに出入りしていた時には、特にそういう人達が集まっていて、そこでは自分だけが特段変わっているという感じがしなかった。

でも、大人になってフェイスブックなどで繋がってみると、みんな社会生活にどこかしらで馴染んでいて、友達も多く、特定の人達だけでなく、多くの色々な人とコミュニケーションが取れていて、自分に合った世界で働いている。それを見ていて、

皆、変わっていたなんて嘘ばっかり!

変わっている人達の中で私だけじゃないと思えたのに、

みんな社会で生活出来ているじゃない!

と思って妬んだり憎んだりしてしまっている。そして、その所謂「変ってる」と世間から言われていた人達とでさえ疎遠になった。

「ずるい」と思ってしまう。世間から「変ってる」と言われていた集団の中からも外れてると思うと、置いてきぼりを食らったみたいで腹も立つし、悲しくなる。

でも、皆、変わっていてもそれを活かしているだけかな。

変わっていることが障害となっていないだけかな。

変わっていることをポジティブに受け止めているからかな。

とか色々思いめぐらせるけれど、まだ分かんないな。

定型発達という障害。

Facebookで流れてきた記事から抜粋。

【福森 アメリカの自閉症協会のニューロティピカル(定型発達)に関する定義がとてもおもしろいのです。要は多数派を占める私たち健常者のことです。ちょっと資料を読みますね。

・ニューロティピカルは全面的な発達をし、おそらく出生した頃から存在する。

・非常に奇妙な方法で世界を見ます。時として自分の都合によって真実をゆがめて嘘をつきます。

・社会的地位と認知のために生涯争ったり、自分の欲のために他者を罠にかけたりします。

・テレビやコマーシャルなどを称賛し、流行を模倣します。

・特徴的なコミュニケーションスタイルを持ち、はっきり伝え合うより暗黙の了解でモノを言う傾向がある。しかし、それはしばしば伝達不良に終わります。

・ニューロティピカル症候群は社会的懸念へののめり込み、妄想や強迫観念に特徴付けられる、神経性生物学上の障害です。

自閉症スペクトラムを持つ人と比較して、非常に高い発生率を持ち、悲劇的にも1万人に対して9624人と言われます。

光岡 実におもしろい。】

この記事面白かったなぁ。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50640?page=4

本音でぶつかり合う方が楽。

児童期、思春期の頃は本音でネガティブな事を言われると

いちいち傷ついていた。

でも最近、本音でぶつかり合える友達が、一人二人は出来た。

「馬鹿」だの「何考えてんの」だの、言われるけど、

そんな事を言われる方が心地よくなってきた。

あ、この人、私に本当の事を言ってくれてる、って思って。